病的近視
多くの方が「近視はメガネをかければ済むもの」と思われているかもしれません。しかし、近視の中には単なる「度数の強さ」の問題ではなく、眼球そのものが変形し、放置すると失明につながる深刻な状態があります。これが「病的近視」です。
現在、日本を含むアジア圏では失明原因のトップを争うほど、社会的に重要な疾患となっています。
1. 単なる「強い近視」との違い
一般的な近視は、メガネやコンタクトでピントを合わせれば良好な視力が得られます。一方で「病的近視」は、眼球の形そのものが後ろに突き出すように変形してしまう(後部ぶどう腫)のが本質です。
- 眼球の変形が原因: 眼球が引き伸ばされることで、中にある薄い網膜や視神経が物理的に壊されてしまいます。
- 度数に関わらず起こりうる: 以前は「強度近視がさらに進んだもの」と考えられてきましたが、現在は、たとえ近視がそれほど強くなくても、この「眼球の変形」が見られる場合は病的近視として特別な注意が必要であると定義されています。
2. 世界的な診断基準(META-PM分類)
国際的な専門家グループによって、眼底(目の奥)の状態が以下のような場合に「病的近視」と診断されます。
- 網膜や脈絡膜の萎縮: 目の奥の組織が薄くなり、白っぽく見える状態。
- プラス病変: 異常な血管(新生血管)が発生したり、網膜に亀裂(ラッカークラック)が入ったりしている状態。
3. 注意すべき「目のサイン」と合併症
① 近視性脈絡膜新生血管(mCNV/MNV)
網膜の土台(Bruch膜)に「ラッカークラック」と呼ばれる亀裂が入り、そこから異常な血管(新生血管)が発生して出血やむくみを起こします。
- 治療の重要性: 活動期に抗VEGF薬の注射を行い、血管の勢いを抑えることが不可欠です。放置すると周囲に黄斑萎縮が広がり、回復困難な視力低下の原因となります。
- 「単純型出血」との鑑別: 新生血管を伴わない、亀裂からの単純な出血(単純型黄斑部出血)と見分けがつきにくいことがあります。単純型は自然吸収されますが、近視性脈絡膜新生血管は治療が遅れると予後が悪いため、OCTなどによる正確な診断が極めて重要です。
② 近視性牽引黄斑症(網膜分離・剥離)
眼球が後方に伸展する力に網膜が耐えきれず、網膜の層が内側から段階的に引き剥がされていく「網膜分離」が生じます。
- 進行のリスク: 分離が進行し、網膜の中心に穴が開く(黄斑円孔)や、網膜が完全に浮き上がる(網膜剥離)を合併すると、視力低下が顕著になります。「黄斑円孔網膜剥離」の状態に至ってからの手術は難易度が高く、視機能の回復も限定的になってしまう傾向があります。
- 治療: 根本的な治療は硝子体手術です。OCT(光干渉断層計)による定期的なチェックを行い、構造の変化と自覚症状から、適切なタイミングで手術を受けることが視力を守るポイントです。
③ 近視性視神経症(緑内障との関連)
病的近視の眼では、視神経の出口(乳頭)が急峻に曲がったり引き伸ばされたりすることで、視野(見える範囲)が欠けていくことがあります。
- 診断の難しさ: 病的近視では、眼球の変形(後部ぶどう腫)によって視神経の出口(乳頭)が元々大きく傾いたり、引き伸ばされたりしています。この構造異常のため、通常の緑内障診断で用いる画像解析(OCTデータベースとの比較)や眼底写真だけでは、障害の有無を正確に判定することが非常に困難です。
- 「近視性変化」か「緑内障」か: 視野が欠けている場合、それが「近視による物理的な変形」によるものか、「緑内障」の合併によるものかを判別することは、専門医でも容易ではありません。しかし、眼軸(目の長さ)が延長し、視神経乳頭に強い牽引ストレスがかかり続けている状態は、構造的に非常に脆くなっていることを意味します。
- 治療の考え方: たとえ眼圧が正常範囲内(21mmHg以下)であっても、構造的に負荷がかかりやすい病的近視の視神経にとっては、その眼圧さえも「高すぎる」場合があります。
- 高眼圧の場合: 積極的に眼圧を下げる治療を行い、進行を抑える必要があります。
- 正常眼圧の場合: 視野欠損が明らかに進行している場合には、脆弱な視神経を保護するために点眼薬による治療を検討します。
- 将来を見据えた管理: 病的近視に伴う視神経障害によって一度失われた視野は、治療を行っても回復させることが難しいのが現状です。そのため、定期的な視野検査や画像解析を通じてわずかな変化を捉え、適切なタイミングで「これ以上の悪化を防ぐ」ためのケアを開始することが、将来の視界を守るために極めて重要となります。
医師からのメッセージ
近視と緑内障は非常に複雑な関係にあります。視野障害を単に「緑内障」と決めつけず、経過による形態の変化と視野の変化を慎重に確認しながら、お一人おひとりに合わせた「守りの治療」を計画していきましょう。将来の視界を守るために大切なのは、変化の兆しを見逃さないことです。強度の近視で不安を感じている方も、まずは現在の状態を正しく把握することから始めましょう。